2007年07月
格差社会(その2)
前述の本の受け売りだが、日本の経済政策と労働政策は基本的にアメリカのやり方を真似ている。これを本の中では「新自由主義」と紹介していた。
一方、EU諸国に代表される福祉国家を目指すやり方を「社会民主主義」というらしい。
1986年の時点で所得税の階層は15段階あり、その最高税率は70%だった。
1999年には4段階、最高税率37%となった。
http://www.tokyo-syahokyo.net/data/2005y/gazou/sh_panf251117-14.pdf
(参考データ)
このあたり、金持ちの税率は下げているけれど、所得300万円以下の階層の税率はほぼ10%であったので、なんとなく許されてしまった感があるが、実は高所得階層から減税した分の財源は、あの消費税から賄われている。
つまり、中曽根・レーガン〜小泉・ブッシュと続いてきた日米の蜜月時代は、庶民をワーキングプアに陥れ、金持ちからはあまり税を取らない世の中を日本にもたらしたというわけだ。まるで彼らが時代劇の悪代官みたいに見えてくるのは私だけではあるまい。
ところで、「新自由主義」の自由とは、自由競争のことを指している。
「勝ち組は大いに楽しめ! 負け組は奴隷になって飢え死にしても構わん!」
彼らはどうして自由競争させたがるのだろうか?
私の想像だが、彼らは国と国との競争に負けたくないんじゃないだろうか?
つまり自国の国民が不幸だろうが貧しかろうが、他国との戦争(経済的な勝ち負けも含む)に勝ちたいのでは?
そのためには自国の企業の国際競争力は何よりも大事だし、国民には過労死寸前まで必死に働いてもらいたい。
オンリーワンよりナンバーワンでいたいという思想。
多分、小泉さんなんか、少子高齢化社会のことなんて、あまりまじめに考えていなかったんじゃないだろうか?
建設族議員をうまく悪者に仕立てて、公務員みたいに比較的恵まれた層を締め付けることで庶民の政権に対する不満をうまくかわして、郵政も「自由競争化」してしまった。
でも、さすがにもう誰の目にも日本がヤバイことになっているのは分かるようになってきた。自民党から勝ち逃げする人が続出する日はそう遠くない気がする(選挙も近いし・・・)。
日本人もいい加減に政治家の舞台演出に騙されるのをやめて、自分たちの国を自分たちで良くしていこうとしないと。これからの少子高齢化社会は、今よりもっと辛くて暗い世の中になるぞ・・・。
一方、EU諸国に代表される福祉国家を目指すやり方を「社会民主主義」というらしい。
1986年の時点で所得税の階層は15段階あり、その最高税率は70%だった。
1999年には4段階、最高税率37%となった。
http://www.tokyo-syahokyo.net/data/2005y/gazou/sh_panf251117-14.pdf
(参考データ)
このあたり、金持ちの税率は下げているけれど、所得300万円以下の階層の税率はほぼ10%であったので、なんとなく許されてしまった感があるが、実は高所得階層から減税した分の財源は、あの消費税から賄われている。
つまり、中曽根・レーガン〜小泉・ブッシュと続いてきた日米の蜜月時代は、庶民をワーキングプアに陥れ、金持ちからはあまり税を取らない世の中を日本にもたらしたというわけだ。まるで彼らが時代劇の悪代官みたいに見えてくるのは私だけではあるまい。
ところで、「新自由主義」の自由とは、自由競争のことを指している。
「勝ち組は大いに楽しめ! 負け組は奴隷になって飢え死にしても構わん!」
彼らはどうして自由競争させたがるのだろうか?
私の想像だが、彼らは国と国との競争に負けたくないんじゃないだろうか?
つまり自国の国民が不幸だろうが貧しかろうが、他国との戦争(経済的な勝ち負けも含む)に勝ちたいのでは?
そのためには自国の企業の国際競争力は何よりも大事だし、国民には過労死寸前まで必死に働いてもらいたい。
オンリーワンよりナンバーワンでいたいという思想。
多分、小泉さんなんか、少子高齢化社会のことなんて、あまりまじめに考えていなかったんじゃないだろうか?
建設族議員をうまく悪者に仕立てて、公務員みたいに比較的恵まれた層を締め付けることで庶民の政権に対する不満をうまくかわして、郵政も「自由競争化」してしまった。
でも、さすがにもう誰の目にも日本がヤバイことになっているのは分かるようになってきた。自民党から勝ち逃げする人が続出する日はそう遠くない気がする(選挙も近いし・・・)。
日本人もいい加減に政治家の舞台演出に騙されるのをやめて、自分たちの国を自分たちで良くしていこうとしないと。これからの少子高齢化社会は、今よりもっと辛くて暗い世の中になるぞ・・・。
格差社会ニッポンで働くということ←本のタイトル
格差社会ニッポンで働くということ
熊沢誠・著
岩波書店・刊
大枚1900円をはたいて衝動買いした本だったが、実にいい本だった。
私自身、これまで様々な仕事に就いてきて、そのどれもがうまくいかなかったわけだが、もっと楽にサラリーマンをやれる国がヨーロッパにはたくさんあることを、この本を読んで初めて知った。
いくつかの衝撃的な統計データを引用する。
・日米の中小企業労働者の賃金は大企業の60%だが、ヨーロッパの中小企業の賃金は大企業の80〜90%
・ドイツやイギリスでは、パートと正社員の時給(を含む労働条件)に差をつけてはならないという法律が成立している。
・週50時間以上働く労働者の割合、日本は先進18カ国中ダントツの28%。EU諸国はイギリス(15%)を除いて6%以下。
・ホワイトカラーエグゼンプションの対象者の年収制限、日本経団連の当初案では、400万円以上(!)、(ちなみに最終的な政府案では900万円以上)
・イギリスの求職者手当は無期限。フランスでは失業保険給付期間(それだけでも日本よりずっと長い)終了後には最低賃金水準の失業扶助(無期限)がもらえる。
・最低賃金、フランスでは1162円、イギリスでは1096円。
数字の細かい部分は正確ではないが、大体のイメージはつかめると思う。
今の日本は、あっちでもこっちでも、ワーク&ライフバランスがズタズタにされてしまっている。その分、経営者は安く人を雇えるし、金持ちの税金はとても安くなった。
だから、起業ブームなんかが起きたりするのだろうけど、そんなにみんながうまくいくはずがない。個人的に今の辛さを抜け出そうとするよりも、労働組合を強くして、サラリーマンを辞めるリスクを冒さなくても人間らしく生きられる社会を作ることの方が、現実的だし、大事なことだとこの本は説いている。
ウ〜ン、真実の言葉は重い・・・。
再就職探し(どこの期間工にするか?)
あっさりとまともな再就職をあきらめた私は、てっとり早く期間工の募集をチェックすることにした。
この三河地方で期間工の募集をしている会社はかなりある。
待遇はトヨタ自動車がやはり一番良い。日給こそ9000円程度だが、その他の手当を合わせるとかなりの額になる。さらに人が足りない時期には特別手当が入社時に10万円もらえたりもする。
ただし、入る時の審査も実は厳しい。体の丈夫そうな奴で若くないと落とされてしまう。実際私も一番最初に受けてみてダメだった。
その他にもたくさんの下請けメーカーが募集しているが、条件はトヨタ自動車ほどではない。
私はひとまず大手部品メーカーのひとつを受けてみた。
期間工の応募は実に簡単だ。
まず、事前の書類審査などはない。チラシは新聞に毎日のように入っており、そこに毎日開催している面接場所が載っている。
チラシに載っている電話番号に掛けると、こちらの名前も聞かずに履歴書を持って指定された場所に時間までに来るように言われるだけ。
私が訪問した日も20人くらいの応募者がいた。スーツを着ている人も何人かいたが、ほとんどの人はカジュアルな服装だ。私もそのことは知っていたのでわざわざスーツなんか着ない。
最初に20分程度、簡単に説明を聞き、その後は順番に質問されていく。ひとりひとりを別室に呼ぶでもなく、みんなが見ているその場で面接される。
私は正直に社労士受験のために前の会社を辞めたこと、できれば残業の少ない部署への配属を希望することなどを述べた。
順番に面接が終わると、今度は実技試験だ。
面接官がトランプを出して、スピードのようなゲームをやらせ、ストップウォッチで時間を計る。手先の器用さと頭の回転の速さを見るらしい。
実技試験が終わった人から帰って良し。全部で2時間もかからなかった。
そして約1週間後に郵送で結果が届く。その時に健康診断の案内が入っていれば採用だ。ちなみに私は不採用だった。
おそらく残業の少ない部署を希望したことが引っかかったものと思われる。
仕方がないのですぐさま別の部品メーカーに応募してみた。
今度は前回の失敗に懲りて余計なことは言わなかった。
むしろ体力には自信があるとか書いておいた。
この会社にも12、3人の応募者が来ていた。
先にボルトにナットを付けたり外したりする実技試験をやり、その後順番にパテーションで仕切られたブースに呼ばれて面接があった。
そして一週間後、見事合格通知が来た。
出社は10月頭から。
決まってみるとずいぶんあっけないものだ。まともに就職活動を始めてからわずか2週間しか掛からなかった。
この三河地方で期間工の募集をしている会社はかなりある。
待遇はトヨタ自動車がやはり一番良い。日給こそ9000円程度だが、その他の手当を合わせるとかなりの額になる。さらに人が足りない時期には特別手当が入社時に10万円もらえたりもする。
ただし、入る時の審査も実は厳しい。体の丈夫そうな奴で若くないと落とされてしまう。実際私も一番最初に受けてみてダメだった。
その他にもたくさんの下請けメーカーが募集しているが、条件はトヨタ自動車ほどではない。
私はひとまず大手部品メーカーのひとつを受けてみた。
期間工の応募は実に簡単だ。
まず、事前の書類審査などはない。チラシは新聞に毎日のように入っており、そこに毎日開催している面接場所が載っている。
チラシに載っている電話番号に掛けると、こちらの名前も聞かずに履歴書を持って指定された場所に時間までに来るように言われるだけ。
私が訪問した日も20人くらいの応募者がいた。スーツを着ている人も何人かいたが、ほとんどの人はカジュアルな服装だ。私もそのことは知っていたのでわざわざスーツなんか着ない。
最初に20分程度、簡単に説明を聞き、その後は順番に質問されていく。ひとりひとりを別室に呼ぶでもなく、みんなが見ているその場で面接される。
私は正直に社労士受験のために前の会社を辞めたこと、できれば残業の少ない部署への配属を希望することなどを述べた。
順番に面接が終わると、今度は実技試験だ。
面接官がトランプを出して、スピードのようなゲームをやらせ、ストップウォッチで時間を計る。手先の器用さと頭の回転の速さを見るらしい。
実技試験が終わった人から帰って良し。全部で2時間もかからなかった。
そして約1週間後に郵送で結果が届く。その時に健康診断の案内が入っていれば採用だ。ちなみに私は不採用だった。
おそらく残業の少ない部署を希望したことが引っかかったものと思われる。
仕方がないのですぐさま別の部品メーカーに応募してみた。
今度は前回の失敗に懲りて余計なことは言わなかった。
むしろ体力には自信があるとか書いておいた。
この会社にも12、3人の応募者が来ていた。
先にボルトにナットを付けたり外したりする実技試験をやり、その後順番にパテーションで仕切られたブースに呼ばれて面接があった。
そして一週間後、見事合格通知が来た。
出社は10月頭から。
決まってみるとずいぶんあっけないものだ。まともに就職活動を始めてからわずか2週間しか掛からなかった。
離職票の上手な貰い方
実は会社を辞める時にちょっと揉めた。
世の中ゴネ得みたいなことがあまりにも多いので腹が立つが仕方ない。
つくづく物事を知らない人間は損するな、と思う。
退社日の翌日、総務に電話して離職票がいつもらえるかを聞いてみた。
法律上は「会社を辞めた日の翌日から10日以内に」とあるので、そんなに遅くなるとは思っていなかったのだが、いやあ、電話して良かった。
「20日過ぎになります」
おいおい、それじゃ違反じゃないか!
まあ、実務上期限が守られないことはしばしばあるにせよ、こっちの失業手当がそれだけ支給が遅くなっては困る。
事情を聞いてみると、どうやら給与計算の都合でそうなってしまうらしい。
こういう場合に私はまず、できるだけ相手から情報を聞き出すことにしている。いきなり自分の感情はぶつけない。
受話器を遠ざけて深呼吸し、ニッコリ笑って聞いてみた。
「なぜ給与計算に20日もかかるのですか?」
「いやー、そういう事情なので…」
こういう場合にスラスラと答えられるような担当者だと逆に要注意だ。こちらの質問を予想していないくらいの方が付け入る余地がある。
「その事情とやらを詳しく説明していただけませんか?」
「・・・計算センターにデータを送って、明細が返ってくるのが18日で…」
お、しめた。ここからねじ込むとしよう。
「一人分の計算くらい、計算センターに送らなくてもできるんじゃないんですか?」
「・・・間違いがあるといけませんので・・・。手計算でもできるはずですが、間違いがあってもいいですか?」
いいわけないだろう! と言いたいのを飲み込んで、心にもないことを言ってみた。
「いいですよ。手計算でお願いします。いつできますか?」
「・・・少々お待ちください・・・折り返しお電話でもよろしいですか?」
その後、細かなスケジュールを聞き出した上で、可能な限り前倒しを「お願い」した結果、3日後に離職票を手に入れることができた。これが黙っていたら20日過ぎまで待たされていたと思うと鳥肌が立つ思いだ。
それにしても、2週間以上も基本手当の支給が遅くなるのに、悠長に計算センター経由で給与計算してから離職証明書を出すなんて、何ともひどい話だ。
期間工は健康保険の任意継続ができないと言われたときにもびっくりしたが、今回も実にこの会社らしい対応であった。
世の中ゴネ得みたいなことがあまりにも多いので腹が立つが仕方ない。
つくづく物事を知らない人間は損するな、と思う。
退社日の翌日、総務に電話して離職票がいつもらえるかを聞いてみた。
法律上は「会社を辞めた日の翌日から10日以内に」とあるので、そんなに遅くなるとは思っていなかったのだが、いやあ、電話して良かった。
「20日過ぎになります」
おいおい、それじゃ違反じゃないか!
まあ、実務上期限が守られないことはしばしばあるにせよ、こっちの失業手当がそれだけ支給が遅くなっては困る。
事情を聞いてみると、どうやら給与計算の都合でそうなってしまうらしい。
こういう場合に私はまず、できるだけ相手から情報を聞き出すことにしている。いきなり自分の感情はぶつけない。
受話器を遠ざけて深呼吸し、ニッコリ笑って聞いてみた。
「なぜ給与計算に20日もかかるのですか?」
「いやー、そういう事情なので…」
こういう場合にスラスラと答えられるような担当者だと逆に要注意だ。こちらの質問を予想していないくらいの方が付け入る余地がある。
「その事情とやらを詳しく説明していただけませんか?」
「・・・計算センターにデータを送って、明細が返ってくるのが18日で…」
お、しめた。ここからねじ込むとしよう。
「一人分の計算くらい、計算センターに送らなくてもできるんじゃないんですか?」
「・・・間違いがあるといけませんので・・・。手計算でもできるはずですが、間違いがあってもいいですか?」
いいわけないだろう! と言いたいのを飲み込んで、心にもないことを言ってみた。
「いいですよ。手計算でお願いします。いつできますか?」
「・・・少々お待ちください・・・折り返しお電話でもよろしいですか?」
その後、細かなスケジュールを聞き出した上で、可能な限り前倒しを「お願い」した結果、3日後に離職票を手に入れることができた。これが黙っていたら20日過ぎまで待たされていたと思うと鳥肌が立つ思いだ。
それにしても、2週間以上も基本手当の支給が遅くなるのに、悠長に計算センター経由で給与計算してから離職証明書を出すなんて、何ともひどい話だ。
期間工は健康保険の任意継続ができないと言われたときにもびっくりしたが、今回も実にこの会社らしい対応であった。
中土井事務所見学ツアー
7月の14、15と、台風の中、開業塾・名古屋プロゼミの方々と共に、大阪の中土井先生の事務所を見学しに行ってきた。
中土井先生は名古屋プロゼミでは人事労務という、社労士業務における最奥義に当たる内容の講義をしていただいた方で、1,2号業務はやらないというスタンスにも関わらず、100社近い顧問先を抱える大先生である。
先生の仕事着はスーツではなく、ジーンズに白ワイシャツ、光りモノジャラジャラ。とても堅気の人間には見えない風貌の割に、とてつもなくハートの温かい、真の意味でのコンサルタントだ。
実は私は、名古屋プロゼミでの先生の講義の感想に一番辛辣なコメントを書いたことでよく覚えて頂いている。
「完全な準備不足。でもこの先生の場合はそんなことは問題ではない」
確かこんな内容だったと記憶している。
中土井先生の講義は確かに実にユニークで、レジュメなどの資料は少なく、先生のパソコンとプロジェクターを用意して、「さあ、何から話そうか?」って感じ。
普通、セミナーみたいなものは、与えられた題目に関して、ある程度論理的なステップを用意して、見出しみたいなものを作り、結論も想定して、それらの行間を自分の言葉で埋めていくようなやり方をする人が多い。
でも中土井先生は、人にものを伝える時に、形式とか段取りとか、理屈みたいなものは一切使わない。非常に直観的なやり方をする。
例えば「賃金なんてものは・・・」と言いながら適当に自分のパソコンに入っている賃金ファイルを開いて、「○○とか××みたいなもんを取り除いて、分り易く単純にしてやればいいんだ」とやる。
もうここまでくると、話している内容以上に、その人の存在自体が説得力になってしまっている。
社労士についての考え方も、見事に人柄を反映していて、法律知識なんかじゃ人は動かん、結局は人間そのものが信頼されるかどうかだけだ、と言われる。
そんな先生が用意してくれた飲み会の場所は、飛田新地の料亭「鯛よし百番」。
ここはすごいところだ。元遊郭だった建物が、今は料亭として営業しており、当時の風情を感じられる貴重なお店。
そこで大いに飲み食い語り、カラオケをはしごして、通天閣の目の前にある1泊2000円の天然温泉サウナに泊り、翌日は道頓堀から大阪城まで水上バスから大阪の街を眺め、嵐のコンサートでごった返す中、大阪城を眺めて帰ってきた。
実に充実した素晴らしい旅だったが、中土井先生の言われた一言が気にかかった。
「社労士で成功して離婚してしまう奴が結構おるんだよ」
確かに社労士として知己を広め、見識を深める活動は、傍目には遊んでいるのと区別がなかなか付かないかもしれない。この旅行も、妻から見れば「自分ばっかり遊んで・・・」と映ってしまうのだろう。
正直、自分でもこんなことしている暇があったら、チラシの一枚でも配って営業しなけりゃ・・・と思うこともあった。
でも、そんなことはいつでもできる。
むしろ尊敬できる人物の存在を心に刻みつけることで、大きな方向性をしっかりと自分の中に持つことの方が何よりも貴重なはず。
と、今は信じているが、それが正しいかどうかを証明するには自分が結果を出すしかない。だからカミさんにはひたすら「お願い」するしかないのが現状である。
中土井先生は名古屋プロゼミでは人事労務という、社労士業務における最奥義に当たる内容の講義をしていただいた方で、1,2号業務はやらないというスタンスにも関わらず、100社近い顧問先を抱える大先生である。
先生の仕事着はスーツではなく、ジーンズに白ワイシャツ、光りモノジャラジャラ。とても堅気の人間には見えない風貌の割に、とてつもなくハートの温かい、真の意味でのコンサルタントだ。
実は私は、名古屋プロゼミでの先生の講義の感想に一番辛辣なコメントを書いたことでよく覚えて頂いている。
「完全な準備不足。でもこの先生の場合はそんなことは問題ではない」
確かこんな内容だったと記憶している。
中土井先生の講義は確かに実にユニークで、レジュメなどの資料は少なく、先生のパソコンとプロジェクターを用意して、「さあ、何から話そうか?」って感じ。
普通、セミナーみたいなものは、与えられた題目に関して、ある程度論理的なステップを用意して、見出しみたいなものを作り、結論も想定して、それらの行間を自分の言葉で埋めていくようなやり方をする人が多い。
でも中土井先生は、人にものを伝える時に、形式とか段取りとか、理屈みたいなものは一切使わない。非常に直観的なやり方をする。
例えば「賃金なんてものは・・・」と言いながら適当に自分のパソコンに入っている賃金ファイルを開いて、「○○とか××みたいなもんを取り除いて、分り易く単純にしてやればいいんだ」とやる。
もうここまでくると、話している内容以上に、その人の存在自体が説得力になってしまっている。
社労士についての考え方も、見事に人柄を反映していて、法律知識なんかじゃ人は動かん、結局は人間そのものが信頼されるかどうかだけだ、と言われる。
そんな先生が用意してくれた飲み会の場所は、飛田新地の料亭「鯛よし百番」。
ここはすごいところだ。元遊郭だった建物が、今は料亭として営業しており、当時の風情を感じられる貴重なお店。
そこで大いに飲み食い語り、カラオケをはしごして、通天閣の目の前にある1泊2000円の天然温泉サウナに泊り、翌日は道頓堀から大阪城まで水上バスから大阪の街を眺め、嵐のコンサートでごった返す中、大阪城を眺めて帰ってきた。
実に充実した素晴らしい旅だったが、中土井先生の言われた一言が気にかかった。
「社労士で成功して離婚してしまう奴が結構おるんだよ」
確かに社労士として知己を広め、見識を深める活動は、傍目には遊んでいるのと区別がなかなか付かないかもしれない。この旅行も、妻から見れば「自分ばっかり遊んで・・・」と映ってしまうのだろう。
正直、自分でもこんなことしている暇があったら、チラシの一枚でも配って営業しなけりゃ・・・と思うこともあった。
でも、そんなことはいつでもできる。
むしろ尊敬できる人物の存在を心に刻みつけることで、大きな方向性をしっかりと自分の中に持つことの方が何よりも貴重なはず。
と、今は信じているが、それが正しいかどうかを証明するには自分が結果を出すしかない。だからカミさんにはひたすら「お願い」するしかないのが現状である。
再就職探し
さて、一度目の本試験が失敗に終わって、今後どうするか?
前の会社は6月いっぱいで辞めているので、10月途中までは失業保険が出る。
ただ、元々勉強に専念するために会社を辞めたのだから、本試験が終わってしまった以上、さっさと働き始めなくてはならない。
9月の失業認定日、私は職安で初めてまじめに職業相談をした。
社労士資格取得を目指していること。できれば社労士事務所で働きたいこと。さもなくば、人事労務関係の仕事に就きたいことなどを職安の担当者に話してみたが、あまり親身になって聞いてはくれない。
35歳にもなって、これといったキャリアも持っていないような人間は、事務系では雇ってもらえないというのが、その担当者の意見だった。社労士事務所の募集もなくはないが、給料は安いしあまり勧められないらしい。
それでは、一体どんな仕事なら雇ってもらえるのか?
「また期間工でもやれば?」
これを職業相談と言うのだろうか?
まあ、相談員といっても、要は税金で食わしてもらっている公務員である。
他人の面倒など知ったこっちゃないというのが本音だろう。
こっちも元々サラリーマンになることは既に諦めているので、痛くも痒くもない。
実際、来年合格したら、さっさと開業するつもりだったので、採用手続きの簡単な期間工は悪くない。辞める時も辞めやすいし。
下手に正社員になって、辞めづらくなっては計画通りにいかなくなる恐れがある。
というわけで、私は再度期間工の職を探すことにした。
前の会社は6月いっぱいで辞めているので、10月途中までは失業保険が出る。
ただ、元々勉強に専念するために会社を辞めたのだから、本試験が終わってしまった以上、さっさと働き始めなくてはならない。
9月の失業認定日、私は職安で初めてまじめに職業相談をした。
社労士資格取得を目指していること。できれば社労士事務所で働きたいこと。さもなくば、人事労務関係の仕事に就きたいことなどを職安の担当者に話してみたが、あまり親身になって聞いてはくれない。
35歳にもなって、これといったキャリアも持っていないような人間は、事務系では雇ってもらえないというのが、その担当者の意見だった。社労士事務所の募集もなくはないが、給料は安いしあまり勧められないらしい。
それでは、一体どんな仕事なら雇ってもらえるのか?
「また期間工でもやれば?」
これを職業相談と言うのだろうか?
まあ、相談員といっても、要は税金で食わしてもらっている公務員である。
他人の面倒など知ったこっちゃないというのが本音だろう。
こっちも元々サラリーマンになることは既に諦めているので、痛くも痒くもない。
実際、来年合格したら、さっさと開業するつもりだったので、採用手続きの簡単な期間工は悪くない。辞める時も辞めやすいし。
下手に正社員になって、辞めづらくなっては計画通りにいかなくなる恐れがある。
というわけで、私は再度期間工の職を探すことにした。





