2015年01月03日

小室直樹の憲法原論と自民党の憲法改正草案

小室直樹「日本人のための憲法原論」一年前に読んだ本だが、もう一度読みたくなったので、再読中。
自民党が選挙に勝ち、憲法改正のお膳立てが整ったと言われる中、自民党の憲法改正草案と一緒に読んでみた。

憲法とは、国家権力を国民が統制するためのルール。国家が国民に対して守らなくてはならないルール。

憲法は、西洋の歴史における試行錯誤を経て編み出された人間の英知。

憲法が生まれた背景には、民主主義と資本主義が深く関わっている。

憲法が西洋で生まれた理由は、この二つが西洋で生まれたからであり、さらに遡れば、これら二つを生み出したキリスト教カルヴァン派の予定説が元となっている。

伊藤博文は、日本を近代国家にするために、憲法と民主主義、資本主義を導入しようとしたが、日本にはそれらの土壌であるキリスト教も予定説も無いため、天皇と二宮尊徳を利用した。

天皇の元の平等という観念から民主主義と立憲君主制を作り、二宮尊徳の物語を教育することで資本主義(勤勉さ)を植え付けた。

キリスト教カルヴァン派の予定説とは、神を絶対の高みに置き、この世のことはどんな事も最初から神によって予定されていることであり、人はいつか最後の審判によって裁かれ、救済されるかどうかが決まるという考え方。この教えを信じると、人は信仰の無限ループにハマり、あらゆる快楽を放棄して勤勉に働く。資本主義に必要な労働者や資本家はこうして生まれた。また、民主主義も、神を絶対の高みに置くことで、神の元の平等という考え方が生まれた。

予定説が資本主義や民主主義を生み出す構造は、実は日本人には非常に理解が難しい。
これらは信者の気持になって初めて理解できることだからだ。


自民党憲法改正草案
自民党憲法改正案の本質(森永卓郎のブログより)
さて、現時点において最も実現の可能性の高い自民党の憲法改正草案だが、最初に「天皇は日本の元首」とある。
戦後生まれの僕にとっては今になって天皇を元首として崇拝せよと言われても違和感は否めない。
これまでさんざん「天皇は日本の象徴」であって、同じ人間に他ならないという教育を受けて育ってきたし、血筋で何ら差別を受けるべきではないというのが素直な感覚だからだ。

また、この草案では、天皇の権限の制限を緩和すると共に、国民の基本的人権を「公益および公の秩序」によって制限するという内容になっている。
〜「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません〜とQ&Aでは解説されているが、実際に憲法にその文言が載ってしまえば、そのように解釈することもできるため、国家権力による国民の支配統制がやりやすくなる。

〜自民党の憲法改正草案では集会、結社及び言論、出版その他表現の自由について、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動及びそれを目的とした結社を禁止する規定を設けました。
これは、オウム真理教に対して破壊活動防止法が適用できなかったことの反省などを踏まえ、公益や公の秩序を害する活動やそれを目的とした結社を認めないことにしたのです。内心の自由はどこまでも自由ですが、それを社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然です。〜

上記のように国民の自由を「公益及び公の秩序」を理由に制限する内容になっていて、その根拠としてオウム真理教のような団体の取り締まりを挙げているが、私は憲法をこのように変えなくてもオウム真理教のような団体を取り締まることは十分可能だと思う。それよりも、この文言の解釈を変えて、国家権力が国民の自由を取り締まることの方が何百倍も害があると思う。

私は社会保険労務士になってみて、「自由」の価値を痛感した。職業上の自由だから誰でもそれを選ぶことは可能だが、国家権力によって自由を奪われたら、それを取り戻すのは容易なことではない。

憲法9条の対外的な武力行使については、それが侵略戦争につながるものでない限りは(現代の国際社会のパワーゲームにおいて相手にナメられない程度の武力は不可欠なため)私も賛成だが、自民党の草案のその他の部分でのファシズム的なニオイには非常に危険なものを感じる。

もちろん、憲法にそう書かれたからといって、すぐに日本がファシズム国家に逆戻りするわけではないが、天皇を元首として崇拝させる教育を通じて、国民を操作しやすくして、権力者の好き勝手に戦争を始められてはたまらない。
「失敗の本質」に書かれているような愚かな戦争と人命の軽視は、ファシズムによってもたらされたものであることは言うまでもない。人命を軽視する国家は、最初の内は戦争で優位に立つが、いずれは民主的国家に敗れる運命にある。ソ連もナチスも、北朝鮮も、おそらくは中国もいずれはその人命軽視のやり方に足元をすくわれることだろう。
ファシズム国家というのは、権力者にとっては好き勝手なことができてありがたいかもしれないが、国民の命は虫ケラの如く扱われる悲惨な世界だ。教科書には詳しく書いてないが、ヒトラーやスターリンや毛沢東が何をしてきたかはインターネットで歴史を学べばよく分かる。

憲法は違反しても何ら罰則は無く、実質的な強制力は元々ない。
国民が憲法を理解し、自らの投票行動によって政権を選ぶことでしか憲法を守ることはできない。
(私は前回の選挙で自民党に投票したが、憲法改正の国民投票では反対の票を入れる)

kimmasa1970 at 04:21コメント(0) 

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