2015年11月09日

教育学部は無くすべき

日本の大学にある教育学部は無くすべきだと思う。



教育学部とは、文字通り学校教員を養成する学部だ。

公立学校の教員の採用試験は自治体の教育委員会が行う。教育委員会の委員は教員(校長経験者が多い)が多いので、○○教育大学みたいな国立大の卒業生は採用試験に合格しやすいと聞く。

子供の授業参観とかで教員の話を聞いていると、社会人としての悪い意味での無垢さを感じる。
考えて見れば無理もない。彼らは大学を出てから、基本的には学校以外では職業生活を経験していないのだ。
だから、転職や失業を経験したこともない。自分のキャリアについて悩むことも少なかろう。

現代の多様化した日本のキャリア環境では、年功序列もないし、終身雇用もない。自分の人生は人材市場の中で自分で切り開いていかなくてはならない。そうした厳しさの中で生き抜いてきた人間でなくては、子供たちにキャリア論を語って聞かせることなどできないだろう。

子供たちに勉強を教える教員が、何のために勉強するのかを説明できないのだ。

現代のキャリア環境では、偏差値の高い大学に行けば大企業に就職できて、
大企業に就職できれば、定年まで安泰に働ける、
といった図式は成り立たない。

多くの子供たちがぼんやりと理解していると思うが、毎日学校で勉強をするのは、将来自分で稼いで食べてゆけることが目的のはずだ。
ところが、高学歴→大企業→安泰なキャリア・・・という図式が成り立たない以上、勉強をする意味を理解するのはかなり難しい話になる。
おそらく、公立学校の教員レベルだと、この点について説明するのは難しいだろう。

ところが、私の通っているビジネススクールには、力強く自分のキャリアを切り開こうとしているビジネスマンがたくさん居る。彼らは寝る時間を削って、自腹で学費を払って学んでいる。ビジネススクールとは、経営つまり商売で勝つ方法を学ぶところだ。
会社員も、中小企業の経営者たちもシビアな競争に勝ち残るために学んでいる。
そうした意味では勉強とは、企業に入るためにすることではなく、キャリア市場で生き残るために一生続くレースなのだ。

年功序列と終身雇用が崩れ、多様化したキャリア環境とは、言い換えれば一生競争が続くキャリア市場のことだ。
自由経済の荒海の中を溺れずに泳ぎ続けるための基礎体力を付けるために、子供の内から学校や塾で勉強するのだ。
教員はこうしたことを、実感をもって語れない。
だから、子供たちは大学4年になって梯子を外される。私もそういう思いをした。
教育学部などやめて、ラーメン屋のオヤジに教師になってもらった方がいいくらいだ。



kimmasa1970 at 00:59コメント(0)社労士 期間工 | 何だろう? 

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