社労士 回想
15年前の未払い賃金(完結編)
新宿労働基準監督署の次長と話した。
実はこの方は以前に同じような家庭教師センターの倒産事案を扱ったことがあるそうで、この間の係員と違って話をちゃんとすることができた。
家庭教師の派遣センターに雇われる家庭教師が未払い賃金の立て替え払いの対象となるためには、その人が労働者である必要がある。
そこで、まず、労働者とは何ぞや?という話。
労働者と良く似ていて、実は労働者ではない職業が世の中には意外と多い。
例えば、請負業者とか仕事を請負う1人親方のような人。
こういう人は、労働者とは言わない。
労働者と1人親方は何が違うか?
・仕事の拘束性(勤務時間中はその仕事に専念しなくてはならないかどうか?)
・指揮命令関係の有無(1人親方は仕事の結果をもたらすことを約束するだけで、その仕事をどのように進めるかは自由。それに対して、労働者は、使用者からいちいち仕事のやり方を指示されて、それに従わなければならない)
・仕事の諾否の自由の有無(1人親方は仕事を受けるかどうかは自分が決められる。労働者は、使用者から指示されればたとえ嫌な仕事でも断れない。例えば便所掃除をやれと言われたとき、労働者はそれが仕事だと言われれば通常断ることはできない。1人親方は、最初から便所掃除の仕事を請負うかどうかは自由)
・代替者性の有無(本人の代わりに他の者が労務提供することが認められるかどうか?)
このような視点で労働というものが定義されている。
だから、社労士試験の労基法でも学んだ通り、家事使用人は労働者とは解されない。
ただし、例外として家庭に派遣される職業でも、それを業として請負う業者に使用される者は労働者となる。
これについては、例えばダスキンのような家庭の清掃を専門に行う会社などがある。
こうした事業所では、毎日決まった時間に出社して、一日何軒もの家庭を回って清掃を行い、業務の最後には会社に戻って機材を片づけたりするのが実態。こうした職業は当然労働者と見なされる。
これが例えば、自分の家で持っている道具を用いて、毎日出社する必要もなく、仕事の発注は電話連絡のみで、仕事が終わった後は自由に直帰できるとしたらどうだろう? 仮にそのような派遣会社があったとしても、「労働者というにはあまりにも自由」すぎるのではないだろうか?
それと、派遣については、事業所への派遣なのか、家庭への派遣なのかもまた、判断材料とされるらしい。やはりこの点も、事業所への派遣であれば業務の中へ入ってゆくのだから、家庭への派遣に比べて自由度は低くなる。
このような視点で家庭教師の派遣を考えたときに、まずほとんどの場合、労働者性が認められることはないという。
センターに派遣される家庭教師という仕事は、「労働者というにはあまりにも自由」だそうである。
それでは、生計維持云々といった当時の説明は何だったのかということもあるが、さすがにそれ自体は15年前のことで、担当した人もすでに退職しているもようで、今のところ確認のしようがない状況だ。
ただ、家庭教師の労働者性を考えたとき、仮にその仕事で生計を維持していたとしても、実態として「労働者というにはあまりにも自由」な状況では、立て替え払いも認められないのが普通だろう。
ここへきて、労働と自由というキーワードの非常に強い関連性に気付いた。
労働というものの本質は、自由がないということなのだと。
自由というかけがえのないものを金で売った人(=労働者)については、その賃金や健康を法が守るというのが労働基準法であり労働安全衛生法なのだ。
それに対して、自由がある人(=1人親方)は、自由があるのだから、自己責任で自分の権利を守りなさい、という立場なのだ。
恥ずかしながら、大学生の頃の私はこの重要な概念についてまったく無頓着にアルバイトを選んだわけである。
これがもし、家庭教師でなく、塾の講師であったなら、間違いなく賃金の立て替え払いの対象になっていたはずである。
そして、1人親方として自分の権利を防衛することを意識していたならば、大切な給料を握られてしまう家庭教師センターへの登録がいかに危険かが分かったはずだ。それなりに実績と規模のある家庭教師センターならそうした危険も少ないはずなのに、得体の知れない会社と契約した自分が迂闊だったのだ。
労働とそうでないただの商行為としての請負とは、同じお金をもらうアルバイトでも、とても大きな違いがあるということに、当時の私は気付いていなかった。
おそらく多くの日本人がそうなのではないだろうか?
労働の本質が自由の売却であるということを、うっすらとは感じていても、労働者がいかに大きな保護を受けていて、自由の代償がいかに過酷なものかということまでは普段の生活では考える機会がほとんどない。
だが、それを身に染みて理解することができたのは、5万円を踏み倒された痛みのお陰かもしれない。
労働契約・・・契約の当事者の一方が相手方に労務に服することを約束し、相手方がこれに対して報酬を支払うことを約束する契約
請負契約・・・契約の当事者の一方が相手方に仕事を完成させることを約束し、相手方が仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約
労働→仕事の結果ではなく、仕事への取り組みが目的
請負→仕事のやり方は自由。結果に対してお金が支払われる
実はこの方は以前に同じような家庭教師センターの倒産事案を扱ったことがあるそうで、この間の係員と違って話をちゃんとすることができた。
家庭教師の派遣センターに雇われる家庭教師が未払い賃金の立て替え払いの対象となるためには、その人が労働者である必要がある。
そこで、まず、労働者とは何ぞや?という話。
労働者と良く似ていて、実は労働者ではない職業が世の中には意外と多い。
例えば、請負業者とか仕事を請負う1人親方のような人。
こういう人は、労働者とは言わない。
労働者と1人親方は何が違うか?
・仕事の拘束性(勤務時間中はその仕事に専念しなくてはならないかどうか?)
・指揮命令関係の有無(1人親方は仕事の結果をもたらすことを約束するだけで、その仕事をどのように進めるかは自由。それに対して、労働者は、使用者からいちいち仕事のやり方を指示されて、それに従わなければならない)
・仕事の諾否の自由の有無(1人親方は仕事を受けるかどうかは自分が決められる。労働者は、使用者から指示されればたとえ嫌な仕事でも断れない。例えば便所掃除をやれと言われたとき、労働者はそれが仕事だと言われれば通常断ることはできない。1人親方は、最初から便所掃除の仕事を請負うかどうかは自由)
・代替者性の有無(本人の代わりに他の者が労務提供することが認められるかどうか?)
このような視点で労働というものが定義されている。
だから、社労士試験の労基法でも学んだ通り、家事使用人は労働者とは解されない。
ただし、例外として家庭に派遣される職業でも、それを業として請負う業者に使用される者は労働者となる。
これについては、例えばダスキンのような家庭の清掃を専門に行う会社などがある。
こうした事業所では、毎日決まった時間に出社して、一日何軒もの家庭を回って清掃を行い、業務の最後には会社に戻って機材を片づけたりするのが実態。こうした職業は当然労働者と見なされる。
これが例えば、自分の家で持っている道具を用いて、毎日出社する必要もなく、仕事の発注は電話連絡のみで、仕事が終わった後は自由に直帰できるとしたらどうだろう? 仮にそのような派遣会社があったとしても、「労働者というにはあまりにも自由」すぎるのではないだろうか?
それと、派遣については、事業所への派遣なのか、家庭への派遣なのかもまた、判断材料とされるらしい。やはりこの点も、事業所への派遣であれば業務の中へ入ってゆくのだから、家庭への派遣に比べて自由度は低くなる。
このような視点で家庭教師の派遣を考えたときに、まずほとんどの場合、労働者性が認められることはないという。
センターに派遣される家庭教師という仕事は、「労働者というにはあまりにも自由」だそうである。
それでは、生計維持云々といった当時の説明は何だったのかということもあるが、さすがにそれ自体は15年前のことで、担当した人もすでに退職しているもようで、今のところ確認のしようがない状況だ。
ただ、家庭教師の労働者性を考えたとき、仮にその仕事で生計を維持していたとしても、実態として「労働者というにはあまりにも自由」な状況では、立て替え払いも認められないのが普通だろう。
ここへきて、労働と自由というキーワードの非常に強い関連性に気付いた。
労働というものの本質は、自由がないということなのだと。
自由というかけがえのないものを金で売った人(=労働者)については、その賃金や健康を法が守るというのが労働基準法であり労働安全衛生法なのだ。
それに対して、自由がある人(=1人親方)は、自由があるのだから、自己責任で自分の権利を守りなさい、という立場なのだ。
恥ずかしながら、大学生の頃の私はこの重要な概念についてまったく無頓着にアルバイトを選んだわけである。
これがもし、家庭教師でなく、塾の講師であったなら、間違いなく賃金の立て替え払いの対象になっていたはずである。
そして、1人親方として自分の権利を防衛することを意識していたならば、大切な給料を握られてしまう家庭教師センターへの登録がいかに危険かが分かったはずだ。それなりに実績と規模のある家庭教師センターならそうした危険も少ないはずなのに、得体の知れない会社と契約した自分が迂闊だったのだ。
労働とそうでないただの商行為としての請負とは、同じお金をもらうアルバイトでも、とても大きな違いがあるということに、当時の私は気付いていなかった。
おそらく多くの日本人がそうなのではないだろうか?
労働の本質が自由の売却であるということを、うっすらとは感じていても、労働者がいかに大きな保護を受けていて、自由の代償がいかに過酷なものかということまでは普段の生活では考える機会がほとんどない。
だが、それを身に染みて理解することができたのは、5万円を踏み倒された痛みのお陰かもしれない。
労働契約・・・契約の当事者の一方が相手方に労務に服することを約束し、相手方がこれに対して報酬を支払うことを約束する契約
請負契約・・・契約の当事者の一方が相手方に仕事を完成させることを約束し、相手方が仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約
労働→仕事の結果ではなく、仕事への取り組みが目的
請負→仕事のやり方は自由。結果に対してお金が支払われる
kimmasa1970 at 05:02

15年前の未払い賃金(その2)
新宿労働基準監督署に電話してみた。
電話に出た若い男に内容を話してみるが、いかにも煙たげな対応。15年前なんて資料も残っていないし、当時の担当者も今はいないので、調べようがないという一見まともな言い分だが、私はそんなことでは引き下がらない。
なんとかして諦めさせようとする電話口の相手(もしかすると行政協力の社労士かも? 話しぶりからはそれほど労働基準法に精通している感じがしない)に対し、釘を刺す。
「あなたの職権で今すぐ資料が残っていないなんて言い切れるのですか? 確かにお金そのものは時効かもしれませんが、私は当時の処分が適正だったかどうかを確かめたいだけなんです。それに対していいかげんな対応をすると、後々事が大きくなった場合にあなたが困ることになるかもしれませんよ」
私も3ヶ月役人と顔を突き合わせて仕事をしてきたので、彼らの弱点は良く知っているつもりだ。少しでも協力を惜しもうとする役人には、納税者としての強権を振るうのが効果的である。
「過去に実際にあった行政処分について、納得がいかないから相談をお願いしているだけなんです。新宿監督署としてはそれには協力できないと仰るのですか?」
それまでは役所の権限を笠に着て偉そうな口を訊いていた相手の態度が変わった。
「・・・それではどうすることをお望みなんですか?」
私は当時その事件を担当した可能性のある監督官を可能な限り調べて貰うようお願いした。
そして生計を維持していないという理由で立て替え払いがされなかった点については、監督署長に意見を聞きたいと伝えた。
電話を替わったのは次長の女性。私は当時の事情を話してみた。
次長の話では、家庭教師派遣センターという業態が生まれたのが丁度その頃で、当時はまだ労働者派遣法もなく、そのような形でのアルバイトが「使用者の指揮命令下」という点で労働に該当するかどうかという議論が盛んに行われており、そんな中、中央から通達があり、センターに派遣される家庭教師については、総合的な実態に基づいて判断せよということになったらしい。
なるほど。つまり当時立て替え払いがなされなかった理由としては、家庭教師は労働者ではなく、請負だと判断された可能性があるようだ。
しかし、腑に落ちない点はまだある。
当時の監督官の説明では、「生計を維持しているかどうか」が論点になっていた。これは労働者性云々とは関係ないはず。しかも、当時学生でなくプロの家庭教師としてその給料で生活していた人に対しては立て替え払いがなされたと当時の監督官から聞いた。
家庭教師の労働者性について、正しく判断がされていたとしたら、このようなことはありえないはずだ。
私は今でこそ役人だって間違えることがあるという認識を持っているが、当時はさすがにそこまで考えなかった。ましてや、社労士の勉強をしていたわけでもなかったので、労働基準法なんて知らなかった。
あの時、もう少ししつこく食い下がって、もっと色々調べていたら、もしかしたら判断がひっくり返ったかもしれない。
とりあえず、次長との電話は仕事の関係で途中にせざるをえなかったが、当時の監督官については可能性のある人をリストアップしてもらった。
その人は当時20代か30代の女性だったので、今では姓が変わっている可能性もあり、しかも監督官は全国の労働局に転勤があるため、6〜7人の人が候補として挙がったが、いずれも別人のようで、当時担当した監督官に連絡をとることは結局できなかった。
いずれにしても、家庭教師が果たして労働者性を認められるのか、認められないのか、認められるとしたらどんな場合なのか、せめてその判断基準を知りたい。
少なくとも、総合的な実態などという言葉ではなく、もっと現実的にイメージできるような形で捉えておく必要があると思う。
当時の状況としては、確かに指揮命令下という点では弱いかもしれないが、年端もいかない大学生からピンハネして派遣するというスタイルが、対等な商行為としての請負契約と言えるのかどうか? たとえば、タレントなども、既に名の売れた歌手や女優なら請負関係とみなされるが、年端もいかないアイドル歌手なんかは、労働者とみなされて最低賃金法や、労働基準法が適用になる。そういう点から考えれば、大学生の家庭教師派遣は、保護すべき労働者とするのが適当ではないのだろうか?(つづく)
電話に出た若い男に内容を話してみるが、いかにも煙たげな対応。15年前なんて資料も残っていないし、当時の担当者も今はいないので、調べようがないという一見まともな言い分だが、私はそんなことでは引き下がらない。
なんとかして諦めさせようとする電話口の相手(もしかすると行政協力の社労士かも? 話しぶりからはそれほど労働基準法に精通している感じがしない)に対し、釘を刺す。
「あなたの職権で今すぐ資料が残っていないなんて言い切れるのですか? 確かにお金そのものは時効かもしれませんが、私は当時の処分が適正だったかどうかを確かめたいだけなんです。それに対していいかげんな対応をすると、後々事が大きくなった場合にあなたが困ることになるかもしれませんよ」
私も3ヶ月役人と顔を突き合わせて仕事をしてきたので、彼らの弱点は良く知っているつもりだ。少しでも協力を惜しもうとする役人には、納税者としての強権を振るうのが効果的である。
「過去に実際にあった行政処分について、納得がいかないから相談をお願いしているだけなんです。新宿監督署としてはそれには協力できないと仰るのですか?」
それまでは役所の権限を笠に着て偉そうな口を訊いていた相手の態度が変わった。
「・・・それではどうすることをお望みなんですか?」
私は当時その事件を担当した可能性のある監督官を可能な限り調べて貰うようお願いした。
そして生計を維持していないという理由で立て替え払いがされなかった点については、監督署長に意見を聞きたいと伝えた。
電話を替わったのは次長の女性。私は当時の事情を話してみた。
次長の話では、家庭教師派遣センターという業態が生まれたのが丁度その頃で、当時はまだ労働者派遣法もなく、そのような形でのアルバイトが「使用者の指揮命令下」という点で労働に該当するかどうかという議論が盛んに行われており、そんな中、中央から通達があり、センターに派遣される家庭教師については、総合的な実態に基づいて判断せよということになったらしい。
なるほど。つまり当時立て替え払いがなされなかった理由としては、家庭教師は労働者ではなく、請負だと判断された可能性があるようだ。
しかし、腑に落ちない点はまだある。
当時の監督官の説明では、「生計を維持しているかどうか」が論点になっていた。これは労働者性云々とは関係ないはず。しかも、当時学生でなくプロの家庭教師としてその給料で生活していた人に対しては立て替え払いがなされたと当時の監督官から聞いた。
家庭教師の労働者性について、正しく判断がされていたとしたら、このようなことはありえないはずだ。
私は今でこそ役人だって間違えることがあるという認識を持っているが、当時はさすがにそこまで考えなかった。ましてや、社労士の勉強をしていたわけでもなかったので、労働基準法なんて知らなかった。
あの時、もう少ししつこく食い下がって、もっと色々調べていたら、もしかしたら判断がひっくり返ったかもしれない。
とりあえず、次長との電話は仕事の関係で途中にせざるをえなかったが、当時の監督官については可能性のある人をリストアップしてもらった。
その人は当時20代か30代の女性だったので、今では姓が変わっている可能性もあり、しかも監督官は全国の労働局に転勤があるため、6〜7人の人が候補として挙がったが、いずれも別人のようで、当時担当した監督官に連絡をとることは結局できなかった。
いずれにしても、家庭教師が果たして労働者性を認められるのか、認められないのか、認められるとしたらどんな場合なのか、せめてその判断基準を知りたい。
少なくとも、総合的な実態などという言葉ではなく、もっと現実的にイメージできるような形で捉えておく必要があると思う。
当時の状況としては、確かに指揮命令下という点では弱いかもしれないが、年端もいかない大学生からピンハネして派遣するというスタイルが、対等な商行為としての請負契約と言えるのかどうか? たとえば、タレントなども、既に名の売れた歌手や女優なら請負関係とみなされるが、年端もいかないアイドル歌手なんかは、労働者とみなされて最低賃金法や、労働基準法が適用になる。そういう点から考えれば、大学生の家庭教師派遣は、保護すべき労働者とするのが適当ではないのだろうか?(つづく)
kimmasa1970 at 01:14

15年前の未払い賃金
以前、行政協力の時に、ふとしたきっかけで昔話になったことがあった。
それはまだ私が大学生だったころの話。
当時の私は短絡的で、できるだけ時給の高いアルバイトをしたいと考えていた。
そこで、家庭教師をやろうと思ったのだが、当時は銀行や駅の黒板に電話番号を書いて募集をかけるというのが一般的なやり方だった。だが、いざ実際にやろうと思ったら、黒板は東大生の書き込みでいっぱいだった。
ズラッと東大生の書き込みがしてあるのを前にして、情けないことに三流私大の私は諦めてしまった。
今から思えば、東大生ばかりの書き込みの中だからこそ、三流私大の私が目立つ可能性は十分にあったはずなのだが、悲しいかな偏差値教育に長年漬け込まれてきた受験脳では、そのようなダイバーシティな発想の転換はきかなかった。
それはさておき、私は仕方なくフロムAをめくって、家庭教師派遣センターに応募することにした。(これも後から思えば、センターが私大生を派遣して生徒が集まるのだから、何も東大生でなきゃ市場に認められないとは限らないだろうに)
時給はぐっと下がって1500円。おそらく直接交渉すればこの倍はもらえただろう。
それでも楽してお金を稼ぎたかった私は、センターに登録することにした。
そして待つこと1ヶ月。ようやく私にも家庭教師の紹介が来た。
受け持ったのは杉並の豪邸に住む、中学2年生。
まったくやる気のない生徒で、とにかく人が見ていないと全然勉強しようとしない。
そんな奴放っとけばいいと思っていたが、立場上仕方なく見張り役を一年間務めた。
さて、そろそろ更新かと思っていた頃、いきなり新宿労働基準監督署から電話が掛かってきた。
「あなたの登録している家庭教師センターが倒産と同様の状態となりました」
慌てて銀行に走り、通帳記入してみると、先月の給料が入っていない!
その後、監督署の職員と何度か電話で話し、聞いた話では、このような場合には未払い給与の立て替え払い制度があるのだが、学生のようにその収入で生計を立てていない者は労働者とは見なされないために、立て替え払いの対象とならないとのこと。
楽チンな仕事とはいえ、働いた分のお金がもらえないなんて、そんなこと許されていいのか! この時踏み倒された金額は約5万円。学生にとっては大きな金額だ。
この時は何とかして社長から取り立てる方法はないかと思って、大学の法律相談室などにも足を運んだが、結局の所、社長が夜逃げしてしまっていては、どうにもならないということが分かっただけ。
諦めの悪い私は、労働基準監督署へも足を運び、直に監督官と会って話を聞いたが、学生には払えないの一点張りで、どうにもならなかった。
今だったら不服申し立てみたいなことも考えついたと思うのだが、当時はそんな知恵もなかったし、相手の監督官もそんなことまでは教えてくれない。
結局、納得がいかないまま、諦めるしかなかった。
と、そのような話を先日役所の人たちに話したところ、生計を維持してないとか学生だからといった理由で立て替え払いがされないなどということはありえないと言われたのだ。
まさか15年前に泣く泣く諦めていた古傷が今頃うずきだすとは思いも寄らなかった。
確かに道義的に考えてみれば、学生だからとか、生計を維持してないからといった理由で、労働の対価が軽んじられていいはずはない。
それはおかしいということで、私は15年ぶりに新宿労働基準監督署へ電話してみた。(つづく)
それはまだ私が大学生だったころの話。
当時の私は短絡的で、できるだけ時給の高いアルバイトをしたいと考えていた。
そこで、家庭教師をやろうと思ったのだが、当時は銀行や駅の黒板に電話番号を書いて募集をかけるというのが一般的なやり方だった。だが、いざ実際にやろうと思ったら、黒板は東大生の書き込みでいっぱいだった。
ズラッと東大生の書き込みがしてあるのを前にして、情けないことに三流私大の私は諦めてしまった。
今から思えば、東大生ばかりの書き込みの中だからこそ、三流私大の私が目立つ可能性は十分にあったはずなのだが、悲しいかな偏差値教育に長年漬け込まれてきた受験脳では、そのようなダイバーシティな発想の転換はきかなかった。
それはさておき、私は仕方なくフロムAをめくって、家庭教師派遣センターに応募することにした。(これも後から思えば、センターが私大生を派遣して生徒が集まるのだから、何も東大生でなきゃ市場に認められないとは限らないだろうに)
時給はぐっと下がって1500円。おそらく直接交渉すればこの倍はもらえただろう。
それでも楽してお金を稼ぎたかった私は、センターに登録することにした。
そして待つこと1ヶ月。ようやく私にも家庭教師の紹介が来た。
受け持ったのは杉並の豪邸に住む、中学2年生。
まったくやる気のない生徒で、とにかく人が見ていないと全然勉強しようとしない。
そんな奴放っとけばいいと思っていたが、立場上仕方なく見張り役を一年間務めた。
さて、そろそろ更新かと思っていた頃、いきなり新宿労働基準監督署から電話が掛かってきた。
「あなたの登録している家庭教師センターが倒産と同様の状態となりました」
慌てて銀行に走り、通帳記入してみると、先月の給料が入っていない!
その後、監督署の職員と何度か電話で話し、聞いた話では、このような場合には未払い給与の立て替え払い制度があるのだが、学生のようにその収入で生計を立てていない者は労働者とは見なされないために、立て替え払いの対象とならないとのこと。
楽チンな仕事とはいえ、働いた分のお金がもらえないなんて、そんなこと許されていいのか! この時踏み倒された金額は約5万円。学生にとっては大きな金額だ。
この時は何とかして社長から取り立てる方法はないかと思って、大学の法律相談室などにも足を運んだが、結局の所、社長が夜逃げしてしまっていては、どうにもならないということが分かっただけ。
諦めの悪い私は、労働基準監督署へも足を運び、直に監督官と会って話を聞いたが、学生には払えないの一点張りで、どうにもならなかった。
今だったら不服申し立てみたいなことも考えついたと思うのだが、当時はそんな知恵もなかったし、相手の監督官もそんなことまでは教えてくれない。
結局、納得がいかないまま、諦めるしかなかった。
と、そのような話を先日役所の人たちに話したところ、生計を維持してないとか学生だからといった理由で立て替え払いがされないなどということはありえないと言われたのだ。
まさか15年前に泣く泣く諦めていた古傷が今頃うずきだすとは思いも寄らなかった。
確かに道義的に考えてみれば、学生だからとか、生計を維持してないからといった理由で、労働の対価が軽んじられていいはずはない。
それはおかしいということで、私は15年ぶりに新宿労働基準監督署へ電話してみた。(つづく)
kimmasa1970 at 22:19

社労士開業塾「プロゼミ」に入る
社労士事務所での見習いをしながら、一方で、他に何か開業に向けてできることはないかと私は模索していた。
そんな時に、以前受験の時に教材を譲っていただいた岩本先生のブログをご本人から教えていただいた。その中に彼の開業ストーリーがびっしりと書き込まれていたのだ。
彼は四国の人なので、なにわプロゼミという大阪で開かれた開業塾に参加したようだったが、その主催者(ブレインという会社らしい)のHPを見ると、なんと今年から名古屋でも開催されるというではないか! しかもその他の色々な開業塾と比べると会費は安く、8回の講義で12万円ほど。自分にとっては大きな出費であったが、評判もいいようなので、やってみることにした。
ただ、講義は土曜日に開催されることが多く、勤務カレンダーを見ると見事に夜勤と重なっている。職場の職長に頼み込んで有休をお願いしたが、どうしても無理とのこと。これ以上はいくら言っても無駄なので、欠席せざるを得ない回に関してはビデオをお借りできるとのことだったので、それで我慢することに・・・。
さて、気になるプロゼミの内容は・・・
第1回 社労士の資格活用の可能性&開業体験談
第2回 就業規則の作成、変更
第3回 労働保険の年度更新、社会保険の算定、諸手続
第4回 課題発表会、ロールプレイング
第5回 営業開拓&助成金
第6回 報酬の決め方&人事制度入門
第7回 給与計算、年末調整
第8回 退職金問題と401k
私は他の開業塾に通ったわけではないので確かなことは言えないが、この開業塾の特徴は毎回の講師が違うということだ。おそらく普通の開業塾だとひとりの講師がこれらの内容を通して教えてくれるのではなかろうか?
毎回講師が異なるというのが、良いことなのかどうかは微妙だが、色々な開業社労士の話が聞けるというのは魅力だと思う。何しろ、開業社労士といっても、個人でやってる人、法人を作った人、顧問業務を中心にやってる人、就業規則や退職金などのスポット業務ばかりやる人など、様々なタイプがいて、開業前の時点では自分がどのタイプを目指すか分からないので、色々なタイプの人の体験談が聞ける(基本的にどの先生からも体験談は聞くことができる)というのは大きいと思う。
あと、実際に受講した感想としては、終わった後の飲み会の役割がとても大切だということ。
名古屋プロゼミの世話役の先生はとても面倒見の良い方で、しかも飲み会が大好きな方なので、プロゼミ生同士はあっという間に仲良くなり、そこでお互いの意見交換が始まる。開業しようか迷っている人、どのように営業したらいいか悩んでいる人、既に開業している人・・・それらがお互いに意見をぶつけ合う。その混沌の状態がとても大事だと思う。そうした中で、徐々に自分を客観視できるようになり、開業への決意と自信が確かなものになっていく。
少なくとも、講義の内容だけならば、今から思えばとても基本的なことで、それを知ったからと言って開業できるかというとそれは難しいと思う。ただ、基本的なことを理解するからこそ、そこから先の個人の戦略が立てられるのであり、次の段階へ進むことができる。
また、ここで知り合ったプロゼミ生同士のネットワークは、開業塾修了後も続き、様々に生きてくる。もちろん終了後に進む道はそれぞれ異なるが、同じ釜の飯を食った仲間はそう簡単には忘れない。
結局は個人個人がプロゼミをどう生かすかだけだと思う。ただ、自分一人で悩むのと、同じ悩みを持つ仲間と一緒に考えるのとでは、かなり違うということは言えるだろう。そういうことのきっかけとしては、とてもいい場所だったと思う。
そんな時に、以前受験の時に教材を譲っていただいた岩本先生のブログをご本人から教えていただいた。その中に彼の開業ストーリーがびっしりと書き込まれていたのだ。
彼は四国の人なので、なにわプロゼミという大阪で開かれた開業塾に参加したようだったが、その主催者(ブレインという会社らしい)のHPを見ると、なんと今年から名古屋でも開催されるというではないか! しかもその他の色々な開業塾と比べると会費は安く、8回の講義で12万円ほど。自分にとっては大きな出費であったが、評判もいいようなので、やってみることにした。
ただ、講義は土曜日に開催されることが多く、勤務カレンダーを見ると見事に夜勤と重なっている。職場の職長に頼み込んで有休をお願いしたが、どうしても無理とのこと。これ以上はいくら言っても無駄なので、欠席せざるを得ない回に関してはビデオをお借りできるとのことだったので、それで我慢することに・・・。
さて、気になるプロゼミの内容は・・・
第1回 社労士の資格活用の可能性&開業体験談
第2回 就業規則の作成、変更
第3回 労働保険の年度更新、社会保険の算定、諸手続
第4回 課題発表会、ロールプレイング
第5回 営業開拓&助成金
第6回 報酬の決め方&人事制度入門
第7回 給与計算、年末調整
第8回 退職金問題と401k
私は他の開業塾に通ったわけではないので確かなことは言えないが、この開業塾の特徴は毎回の講師が違うということだ。おそらく普通の開業塾だとひとりの講師がこれらの内容を通して教えてくれるのではなかろうか?
毎回講師が異なるというのが、良いことなのかどうかは微妙だが、色々な開業社労士の話が聞けるというのは魅力だと思う。何しろ、開業社労士といっても、個人でやってる人、法人を作った人、顧問業務を中心にやってる人、就業規則や退職金などのスポット業務ばかりやる人など、様々なタイプがいて、開業前の時点では自分がどのタイプを目指すか分からないので、色々なタイプの人の体験談が聞ける(基本的にどの先生からも体験談は聞くことができる)というのは大きいと思う。
あと、実際に受講した感想としては、終わった後の飲み会の役割がとても大切だということ。
名古屋プロゼミの世話役の先生はとても面倒見の良い方で、しかも飲み会が大好きな方なので、プロゼミ生同士はあっという間に仲良くなり、そこでお互いの意見交換が始まる。開業しようか迷っている人、どのように営業したらいいか悩んでいる人、既に開業している人・・・それらがお互いに意見をぶつけ合う。その混沌の状態がとても大事だと思う。そうした中で、徐々に自分を客観視できるようになり、開業への決意と自信が確かなものになっていく。
少なくとも、講義の内容だけならば、今から思えばとても基本的なことで、それを知ったからと言って開業できるかというとそれは難しいと思う。ただ、基本的なことを理解するからこそ、そこから先の個人の戦略が立てられるのであり、次の段階へ進むことができる。
また、ここで知り合ったプロゼミ生同士のネットワークは、開業塾修了後も続き、様々に生きてくる。もちろん終了後に進む道はそれぞれ異なるが、同じ釜の飯を食った仲間はそう簡単には忘れない。
結局は個人個人がプロゼミをどう生かすかだけだと思う。ただ、自分一人で悩むのと、同じ悩みを持つ仲間と一緒に考えるのとでは、かなり違うということは言えるだろう。そういうことのきっかけとしては、とてもいい場所だったと思う。
社労士事務所での見習い期間
社労士事務所の面接には落ちたものの、仕事が休める平日にその事務所での見習いをさせてもらうことができたのは、当時の私にとってはとても大きなことだった。
その事務所は30件ほどの顧問先を抱えていて、事務員をひとり雇っており、その方が一時期辞めたいという話が持ち上がって、求人広告まで出したわけだが、結局その方の気が変わったのと、(私を含めて)丁度良い応募者がいなかったのとで、その方が引き続き勤務されることとなったらしかった。
私は3直2交代勤務の中の平日の休みを利用して、月に3回ほどその事務所に通うこととなった。
見習いの内容としては、事務手続きがほとんどだった。
事務員の方と一緒に車に乗って、顧問先を回り、社員の出入りや、労災などの書類作成と提出を行う。
事務員の方は、社長さんと話すことは苦手な方であったが、書類作成に関しては実に素晴らしいスキルを持っていた。社労士の資格は運悪く落ち続けておられるようだったが、実務の知識はほぼ完璧。
しかも勤勉で、時間のある時などは、用事が無くても顧問先に顔を出して挨拶をしたり、とてもマメである。
私も得喪関係の書類などを何度か教えて貰いながら書かせて頂くことができ、社労士としての仕事のイメージを自分の中に持つことができた。また、移動中にその事務員さんと色々なお話をすることができたのも大きかった。
もちろん実際には、書類作成だけではなく、経営者とのコミュニケーションという最重要課題が他にあったわけだが、右も左も分からない、単なる有資格者にとっては、実務のイメージが持てただけでも、随分と開業へのハードルが低くなったと思う。
ただ、その事務所では、肝心の所長さんについて社長との本質的な相談の場に立ち会うことを許して貰えなかったので、その点では他で経験する必要があった。
それでも、所長からは、ご自身が(実務経験ゼロから)開業された時の苦労話などを聞かせて頂き、自分の開業戦略構築のためにはとても貴重な情報を得ることができた。
その所長には後日色々な経営者団体も紹介して頂いたし、今の私の状況のかなりの部分がこの時の経験が元になっている。
何年も社労士事務所で勤務するというのは、若い独身の方ならいいかもしれないが、私は断然、いきなり開業派である。
その事務所は30件ほどの顧問先を抱えていて、事務員をひとり雇っており、その方が一時期辞めたいという話が持ち上がって、求人広告まで出したわけだが、結局その方の気が変わったのと、(私を含めて)丁度良い応募者がいなかったのとで、その方が引き続き勤務されることとなったらしかった。
私は3直2交代勤務の中の平日の休みを利用して、月に3回ほどその事務所に通うこととなった。
見習いの内容としては、事務手続きがほとんどだった。
事務員の方と一緒に車に乗って、顧問先を回り、社員の出入りや、労災などの書類作成と提出を行う。
事務員の方は、社長さんと話すことは苦手な方であったが、書類作成に関しては実に素晴らしいスキルを持っていた。社労士の資格は運悪く落ち続けておられるようだったが、実務の知識はほぼ完璧。
しかも勤勉で、時間のある時などは、用事が無くても顧問先に顔を出して挨拶をしたり、とてもマメである。
私も得喪関係の書類などを何度か教えて貰いながら書かせて頂くことができ、社労士としての仕事のイメージを自分の中に持つことができた。また、移動中にその事務員さんと色々なお話をすることができたのも大きかった。
もちろん実際には、書類作成だけではなく、経営者とのコミュニケーションという最重要課題が他にあったわけだが、右も左も分からない、単なる有資格者にとっては、実務のイメージが持てただけでも、随分と開業へのハードルが低くなったと思う。
ただ、その事務所では、肝心の所長さんについて社長との本質的な相談の場に立ち会うことを許して貰えなかったので、その点では他で経験する必要があった。
それでも、所長からは、ご自身が(実務経験ゼロから)開業された時の苦労話などを聞かせて頂き、自分の開業戦略構築のためにはとても貴重な情報を得ることができた。
その所長には後日色々な経営者団体も紹介して頂いたし、今の私の状況のかなりの部分がこの時の経験が元になっている。
何年も社労士事務所で勤務するというのは、若い独身の方ならいいかもしれないが、私は断然、いきなり開業派である。
社労士事務所の求人を発見!
合格発表の翌日、妻がフリーペーパーを持ってきた。
なんとそこに社労士事務所の求人が載っているというではないか!
○○社労士事務所 事務員募集
「未経験の方でも、基礎から指導いたします。有資格者歓迎!」
月給・15万円〜
住所を見ると、すぐ隣の市だ。車で15分ほどの距離。
ただ、月給15万社会保険ナシか。妻子持ちには厳しいな。
そう思ったものの、社労士なんて資格取っただけですぐビジネスができるとは到底思えない。ここは何とかして、先人から学ぶ機会を持たなくては・・・。
30分ほど検討して、妻と相談の上、その事務所に電話を掛けてみた。
・・・反応は悪くなかった。いつから来られるのか?とまで言われた。どうやらそんなに応募が殺到しているわけではなさそうだ。一週間後の土曜日に面接に行くことになった。
面接の日。
着慣れぬスーツに袖を通して、事務所に出かけた。
雑居ビルの階段を上り、ドアをノックする。
「どうぞ」
小さな応接テーブルに所長が座っていた。
あらかじめ郵送してあった履歴書を見ながら、自分の職歴を説明するように言われた。
私は大学を出てから出版業界やホテル業界を経て、期間工をやるまでの話しを説明した。
「随分遠回りしているねえ」
「・・・」
「君はパッと見たところかなりプライドが高そうだね」
さすが経営者。単刀直入にものを言う。
「君みたいなタイプにはものを教えにくいなあ」
「そうですか」
確かにそうかもしれないと思いつつも、だからといって性格は変えようがないだろうと思った。
「まあ、でも、短所というのは長所の裏返しだと言うからね」
「はあ・・・」
「君みたいなタイプは経営者とは対等に話ができそうだね」
そう言われてみればそうかもしれない。
その後、所長が7年前に脱サラして開業したこと、今はそこそこの顧問先を抱えているが、事務員をひとり雇うのがやっとだということ、余所の社労士事務所でもこの程度の待遇であることなどを話してくれた。
「君を雇うのは難しいと思うよ」
理由は2つ。
第一に、私が将来独立を目指していること。
第二に、私が家族を養って行かなくてはならない立場であること。
所長としては、仕事をやっと覚えたところで辞められては困るというのだ。まあ、この点については理解できる。
第二の理由はなぜか?
実はこの所長も、全く実務経験なしで独立開業したとのことだった。
そしてその経験から、本気で独立したいならば、事務員なんかやらずに、今すぐ開業した方がいいというのだ。
・人間のモチベーションは意外と長続きしないから
・開業するためには、軌道に乗るまでの生活費を貯金から出さなくてはならないが、この事務所で月給15万で働いてしまったら、その大切な貯金を開業前に減らしてしまうことが目に見えているから
・仕事なんか独立してから覚えることができる。実際にこの所長はそうしてきた。
実はこれ、真島さんの「開業への道」に書いてあったのと同じだった。
ただ、そうは言っても、何も知らずにいきなり開業は無謀だと思った。
とにかくこの時はまだ、試験に受かっただけで、実際の社労士業務の何たるかすら全く分かっていなかった。
就業規則作成やら、給与計算、助成金申請、退職金改定、人事制度構築などといった、顧問業務以外の代表的なメニューすら知らなかった。
そういう私から見れば、この所長は、すでに社労士として事務所を成立させていて、事務員まで雇っている。
私と所長の間にどのくらいの深さの河があるのか? それだけでも知りたかった。
「分かりました。ここで働くことは諦めます」
「そうか」
「ただし、せっかくこうしてお知り合いになれたのですから、私に実務を学ぶ機会をください」
「!」
「期間工をやりながら、会社が休みの日にここへ来ます。邪魔はしませんので、仕事を見させてください。もちろん給料は要りません」
「そう言われてもねえ・・・」
「どうかお願いします!」
「タダでもいいからって言う人もいるんだけど、実際にそれをやっちゃうとこっちが疲れるんだよね。どうしても気を使っちゃうから・・・」
「・・・」
「じゃあ、こうしよう。少しだけバイト代を出すから、バイトという形でなら来てもいいよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
このようにして面接は終わった。
採用はされなかったが、実務経験を得るという私の目的は辛うじて叶えられた。
なんとそこに社労士事務所の求人が載っているというではないか!
○○社労士事務所 事務員募集
「未経験の方でも、基礎から指導いたします。有資格者歓迎!」
月給・15万円〜
住所を見ると、すぐ隣の市だ。車で15分ほどの距離。
ただ、月給15万社会保険ナシか。妻子持ちには厳しいな。
そう思ったものの、社労士なんて資格取っただけですぐビジネスができるとは到底思えない。ここは何とかして、先人から学ぶ機会を持たなくては・・・。
30分ほど検討して、妻と相談の上、その事務所に電話を掛けてみた。
・・・反応は悪くなかった。いつから来られるのか?とまで言われた。どうやらそんなに応募が殺到しているわけではなさそうだ。一週間後の土曜日に面接に行くことになった。
面接の日。
着慣れぬスーツに袖を通して、事務所に出かけた。
雑居ビルの階段を上り、ドアをノックする。
「どうぞ」
小さな応接テーブルに所長が座っていた。
あらかじめ郵送してあった履歴書を見ながら、自分の職歴を説明するように言われた。
私は大学を出てから出版業界やホテル業界を経て、期間工をやるまでの話しを説明した。
「随分遠回りしているねえ」
「・・・」
「君はパッと見たところかなりプライドが高そうだね」
さすが経営者。単刀直入にものを言う。
「君みたいなタイプにはものを教えにくいなあ」
「そうですか」
確かにそうかもしれないと思いつつも、だからといって性格は変えようがないだろうと思った。
「まあ、でも、短所というのは長所の裏返しだと言うからね」
「はあ・・・」
「君みたいなタイプは経営者とは対等に話ができそうだね」
そう言われてみればそうかもしれない。
その後、所長が7年前に脱サラして開業したこと、今はそこそこの顧問先を抱えているが、事務員をひとり雇うのがやっとだということ、余所の社労士事務所でもこの程度の待遇であることなどを話してくれた。
「君を雇うのは難しいと思うよ」
理由は2つ。
第一に、私が将来独立を目指していること。
第二に、私が家族を養って行かなくてはならない立場であること。
所長としては、仕事をやっと覚えたところで辞められては困るというのだ。まあ、この点については理解できる。
第二の理由はなぜか?
実はこの所長も、全く実務経験なしで独立開業したとのことだった。
そしてその経験から、本気で独立したいならば、事務員なんかやらずに、今すぐ開業した方がいいというのだ。
・人間のモチベーションは意外と長続きしないから
・開業するためには、軌道に乗るまでの生活費を貯金から出さなくてはならないが、この事務所で月給15万で働いてしまったら、その大切な貯金を開業前に減らしてしまうことが目に見えているから
・仕事なんか独立してから覚えることができる。実際にこの所長はそうしてきた。
実はこれ、真島さんの「開業への道」に書いてあったのと同じだった。
ただ、そうは言っても、何も知らずにいきなり開業は無謀だと思った。
とにかくこの時はまだ、試験に受かっただけで、実際の社労士業務の何たるかすら全く分かっていなかった。
就業規則作成やら、給与計算、助成金申請、退職金改定、人事制度構築などといった、顧問業務以外の代表的なメニューすら知らなかった。
そういう私から見れば、この所長は、すでに社労士として事務所を成立させていて、事務員まで雇っている。
私と所長の間にどのくらいの深さの河があるのか? それだけでも知りたかった。
「分かりました。ここで働くことは諦めます」
「そうか」
「ただし、せっかくこうしてお知り合いになれたのですから、私に実務を学ぶ機会をください」
「!」
「期間工をやりながら、会社が休みの日にここへ来ます。邪魔はしませんので、仕事を見させてください。もちろん給料は要りません」
「そう言われてもねえ・・・」
「どうかお願いします!」
「タダでもいいからって言う人もいるんだけど、実際にそれをやっちゃうとこっちが疲れるんだよね。どうしても気を使っちゃうから・・・」
「・・・」
「じゃあ、こうしよう。少しだけバイト代を出すから、バイトという形でなら来てもいいよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
このようにして面接は終わった。
採用はされなかったが、実務経験を得るという私の目的は辛うじて叶えられた。





