家庭教師センター

2008年05月10日

新宿労働基準監督署の次長と話した。
実はこの方は以前に同じような家庭教師センターの倒産事案を扱ったことがあるそうで、この間の係員と違って話をちゃんとすることができた。

家庭教師の派遣センターに雇われる家庭教師が未払い賃金の立て替え払いの対象となるためには、その人が労働者である必要がある。
そこで、まず、労働者とは何ぞや?という話。
労働者と良く似ていて、実は労働者ではない職業が世の中には意外と多い。
例えば、請負業者とか仕事を請負う1人親方のような人。
こういう人は、労働者とは言わない。

労働者と1人親方は何が違うか?
・仕事の拘束性(勤務時間中はその仕事に専念しなくてはならないかどうか?)
・指揮命令関係の有無(1人親方は仕事の結果をもたらすことを約束するだけで、その仕事をどのように進めるかは自由。それに対して、労働者は、使用者からいちいち仕事のやり方を指示されて、それに従わなければならない)
・仕事の諾否の自由の有無(1人親方は仕事を受けるかどうかは自分が決められる。労働者は、使用者から指示されればたとえ嫌な仕事でも断れない。例えば便所掃除をやれと言われたとき、労働者はそれが仕事だと言われれば通常断ることはできない。1人親方は、最初から便所掃除の仕事を請負うかどうかは自由)
・代替者性の有無(本人の代わりに他の者が労務提供することが認められるかどうか?)

このような視点で労働というものが定義されている。
だから、社労士試験の労基法でも学んだ通り、家事使用人は労働者とは解されない。
ただし、例外として家庭に派遣される職業でも、それを業として請負う業者に使用される者は労働者となる。

これについては、例えばダスキンのような家庭の清掃を専門に行う会社などがある。
こうした事業所では、毎日決まった時間に出社して、一日何軒もの家庭を回って清掃を行い、業務の最後には会社に戻って機材を片づけたりするのが実態。こうした職業は当然労働者と見なされる。
これが例えば、自分の家で持っている道具を用いて、毎日出社する必要もなく、仕事の発注は電話連絡のみで、仕事が終わった後は自由に直帰できるとしたらどうだろう? 仮にそのような派遣会社があったとしても、「労働者というにはあまりにも自由」すぎるのではないだろうか?

それと、派遣については、事業所への派遣なのか、家庭への派遣なのかもまた、判断材料とされるらしい。やはりこの点も、事業所への派遣であれば業務の中へ入ってゆくのだから、家庭への派遣に比べて自由度は低くなる。

このような視点で家庭教師の派遣を考えたときに、まずほとんどの場合、労働者性が認められることはないという。
センターに派遣される家庭教師という仕事は、「労働者というにはあまりにも自由」だそうである。
それでは、生計維持云々といった当時の説明は何だったのかということもあるが、さすがにそれ自体は15年前のことで、担当した人もすでに退職しているもようで、今のところ確認のしようがない状況だ。
ただ、家庭教師の労働者性を考えたとき、仮にその仕事で生計を維持していたとしても、実態として「労働者というにはあまりにも自由」な状況では、立て替え払いも認められないのが普通だろう。

ここへきて、労働自由というキーワードの非常に強い関連性に気付いた。
労働というものの本質は、自由がないということなのだと。
自由というかけがえのないものを金で売った人(=労働者)については、その賃金や健康を法が守るというのが労働基準法であり労働安全衛生法なのだ。
それに対して、自由がある人(=1人親方)は、自由があるのだから、自己責任で自分の権利を守りなさい、という立場なのだ。

恥ずかしながら、大学生の頃の私はこの重要な概念についてまったく無頓着にアルバイトを選んだわけである。
これがもし、家庭教師でなく、塾の講師であったなら、間違いなく賃金の立て替え払いの対象になっていたはずである。
そして、1人親方として自分の権利を防衛することを意識していたならば、大切な給料を握られてしまう家庭教師センターへの登録がいかに危険かが分かったはずだ。それなりに実績と規模のある家庭教師センターならそうした危険も少ないはずなのに、得体の知れない会社と契約した自分が迂闊だったのだ。

労働とそうでないただの商行為としての請負とは、同じお金をもらうアルバイトでも、とても大きな違いがあるということに、当時の私は気付いていなかった。
おそらく多くの日本人がそうなのではないだろうか?
労働の本質が自由の売却であるということを、うっすらとは感じていても、労働者がいかに大きな保護を受けていて、自由の代償がいかに過酷なものかということまでは普段の生活では考える機会がほとんどない。
だが、それを身に染みて理解することができたのは、5万円を踏み倒された痛みのお陰かもしれない。

労働契約・・・契約の当事者の一方が相手方に労務に服することを約束し、相手方がこれに対して報酬を支払うことを約束する契約

請負契約・・・契約の当事者の一方が相手方に仕事を完成させることを約束し、相手方が仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約

労働→仕事の結果ではなく、仕事への取り組みが目的
請負→仕事のやり方は自由。結果に対してお金が支払われる


kimmasa1970 at 05:02 
過去の回想を順に読む場合はこちらから(各項目の記事の最後に「次のページへ」というリンクがあります)
記事検索
Google
にほんブログ村 士業ブログ 社会保険労務士(社労士)へ
楽天市場
楽天ブックスで探す
楽天ブックス
にほんブログ村 士業ブログへ
当サイトでは、第三者配信による広告サービスを利用しています。このような広告配信事業者は、ユーザーの興味に応じた商品やサービスの広告を表示するため、当サイトや他サイトへのアクセスに関する情報 (氏名、住所、メール アドレス、電話番号は含まれません) を使用することがあります。このプロセスの詳細やこのような情報が広告配信事業者に使用されないようにする方法については、ここをクリックしてください。
検索
カスタム検索