社労士

2008年08月20日

本試験の監督員の打合会があった。
これを欠席すると監督員をクビになってしまうため、欠席者はほとんどおらず、ホテルの大宴会場がほぼぎっしり埋まっていた。

一時間半ほどで説明は終わったが、とにかく不正の摘発よりも防止に努めて欲しいとのことだ。これはどういうことかイマイチ意味が分からなかったが、こういうことかもしれない。たとえば当日監督員が、どのような態度で見張るか? いかにも真剣に不正を逃さないぞ!という姿勢で見ているのと、いかにも見ていないようなフリをしているのと、どちらが不正の防止になるか? 摘発を狙うなら、いかにも見ていないフリをした方がいい。だが、防止を目的とするなら見ていないフリではなく、見ているフリが必要だ。

いずれにしても、全ての受験者に対して公平に試験が行われることが最も大切なので、最悪、不正を発見した場合には厳正な対処をしなくてはならない。そのあたりの覚悟が必要。

今年も「その日」がやってくる。
去年はIDE塾のチラシ配りを手伝ったが、今年は中で監督する側に回ることになった。
できれば毎年、様々な思い出のある本試験会場でこの日を過ごしたいと思う。

kimmasa1970 at 17:44 

2007年12月20日

JCがらみで頼まれた中国関連の新設法人の税務相談を知り合いの公認会計士の先生にお引き合わせ。
当事者が諸事情により極力動かない方が良い状態にあり、会計士の先生には遠くまでご足労頂く形となってしまった。
しかも今回は代表者の方が日本にいない状況ということで、具体的な契約とはならないまま、無料相談という形になってしまった。
お陰で当事者の方はかなり安心されたとは思うが、今後きちんとした依頼が来るかどうかは微妙な状況。
こういう場合は、せめてお車代程度の話はしておくべきだったと思う。
会計士の先生が良心的な方だったから良かったが・・・・。

kimmasa1970 at 16:42コメント(0)トラックバック(0) 

2007年09月20日

今日、ついに開業社労士としての登録をしてきた。

・印紙代    30000円!
・登録手数料  30000円!
・入会金   100000円!
・特別会費   30000円!
・会費(半年分)42000円!

合計      23万2千円!

これで10月1日からは、晴れて社労士と名乗ることができる!
そして堂々とお金を貰って仕事ができる!
そして私も事業主のはしくれに名を連ねることになるのだ!
誰からもエサを貰わずに自分で狩りをする野犬の仲間入りだ!

正直言って、「やれる!」というほどのものは何もない。

でも、何だって「やってみせる!」と思うことはできる。

あくまで未来形。I will do.だ。

どうぞコケたら存分に笑ってやってください。

「バーカ!世の中そんなに甘くないんだよ!」って。

そういうの、一番エネルギーになるんで。

kimmasa1970 at 18:32コメント(5)トラックバック(0) 

2007年09月08日

今日は事務指定講習最終日。

なんとなく仲良くなった人もいたような、いないような、そんな中途半端な雰囲気でこの3日間過ごしてきたので、思い切って懇親会参加者募集のチラシを作って回してみた。すると、なんと30人近くの人が集まってくれ、予想外の大盛況で、とても楽しい時間を過ごすことができた。

参加してくれた皆さん、一緒に幹事をやってくれた名古屋プロゼミ1期生のBさん、本当にありがとうございました。
金なしコネなし、扶養家族ありの3重苦の中で10月から開業しますが、果たしてどうなるか楽しみに見守ってくださいね〜


kimmasa1970 at 00:17コメント(0)トラックバック(0) 

2007年04月03日

今から思えば、社労士の道を志したことにはっきりした理由はないというのが実際のとこかもしれない。
生まれてこのかた、総務の仕事をしたいと思ったこともないし、法律に興味があったわけでもない。
だから、多分、今のように家族を背負っていなかったら、社労士を取ろうとは思わなかったと思う。なんとかしなくちゃ、というだけの焦りから、とりあえずどんなもんか分らんけどやってみよう、そんな感じだった。
実際には司法書士でも、行政書士でも良かったのだ。
キャリアがない分を勉強で補うことさえできれば、もうちっとましな生活ができると思っただけだ。

不思議なことに資格のガイドブックを見る前から、なんとなく社労士にしようと思っていた。
昔勤めていたホテルで、社労士の研修会がよく開かれていたせいかもしれない。ただ、この時は社労士が何をする資格なのかさえ知らなかった。
また、別のホテルで退職勧奨を受けた(要は会社から辞めてくれと言われたのだ)時に、離職票の理由欄に「退職干渉を受けた」と書いて出したら、そのホテルの顧問社労士から、「干渉ではなく勧奨なので書きなおしてほしい」と上司を通じて指示されたことがあった。苦笑いしながら訂正したが、この時にもなんとなく、社労士って儲かるのかな?などと考えていた記憶がある。

そんなわけだから、挑戦すると決めた後も、いきなり猛勉強ということにはならなかった。
自分が本当に社労士を取るのかどうか、自分でも半信半疑のままのスタートだった。

まずはインターネットで過去問題を見つけたので、ダウンロードしてみた。
http://homepage2.nifty.com/~hioki/srkakomon.htm

労働基準法くらいは聞いたことがある。中学の公民の授業で、法定労働時間は8時間とか、その程度だ。
試しに労働基準法の過去問題をやってみた。だが、問題を解こうにも、まず言葉の意味が分らない。所定労働時間って何だ? 法定労働時間とどう違うんだ? 労働委員会? 労使委員会? 労使協定?????

正直言って、何をどう勉強すればいいのかすら見当もつかない。
とりあえず、困った時はインターネットだ。
検索していくと、3年も4年もかかって合格した人の体験記が見つかった。
ふむふむ、テキストは書店で売っているんだな。あと、問題集も必要だな。
要はあの択一と選択を正しく選ぶことができればいいんだろ。
体験記には、壮絶な猛勉強の様子が迫力満点で書かれていた。
「正しく選ぶ」だけの試験なのに、ずいぶんと苦労してるんだな。何がそんなに難しいんだろう?
いまいち実感がわかなかったが、テキストとやらを読めば、さっきの過去問題の答えが書いてあるんだろうから、一度テキストを立ち読みでもしてみるか。
(つづく)


kimmasa1970 at 22:22コメント(0)トラックバック(0) 

2007年04月01日

人間、目標を見失うと無力になってしまうものだ。
登用試験に落ちた後の私はまさにそうで、仕事にも身が入らず、ミスをしたり、上司と揉めたり、挙句の果てには体調をこわして工場に設置されている診療所で点滴を受けたりした。

診療所のベッドに横たわりつつ考えた。
どうやらここも俺の居るべき場所ではなさそうだ。
胃腸風邪で、熱が38度あっても働かされるところは別にA社だけではないだろうが、こんな状態では仮に次回の試験で成績が良くても面接でアウトだ。
体が弱いなんて、こういうとこでは一番嫌がられる。

そうこうしているうちに正月休みに突入した。
その年最後の仕事日は、折しもクリスマスイブ。
製造ラインは5時で終了だ。しかも労働組合が正門でしるこやら、雑煮やら、おでんやら、振る舞ってくれている。
・・・なんていい会社なんだろう。
すでに背中を向けた相手の長所を見せられるというのは辛いものだ。

家に帰れば帰ったで、嫁はすき焼きを作って、子供は大歓声でお出迎えだ。
なんとも辛い年の瀬だった。

休みの間、私は図書館に通い、独りになって考えた。
これからどうしたものか・・・

話は前後するが、期間工を始める前は6〜7年ウェイターをしていた。
正直、一度はサービスの道を進もうと決意したこともあった。
だが、その業界ほど不況に弱く、労働環境の厳しいところはないということを痛感して、足を洗ったのだった。

ウェイターの前は実はフリーライターだった。
大学を出るときに、結局何がしたいか分からずに、小さい頃から本が好きだったというだけの理由で、とある中小出版社に就職した。
その会社を3年で辞め、実家でそのことを告げた時、母親が言ったものだ。
「やっぱりね。あんたが会社員なんてできっこないと思ってた」
そうか。自分でもそう思ってたが、一番好意的に見るはずの親でさえそう思うか。

フリーライターは嫌で辞めたわけではない。仕事は無くはなかったが、食っていけなかっただけだ。それで仕方なく始めたウェイターの道にはまってしまっただけだった。

まったく、恥ずかしくなるくらい、行き当たりばったりの人生だ。
そうは言っても恥ずかしがってばかりもいられない。今では妻と二人の幼児を養っているわけなのだから。

当時34歳。いまさら未経験の仕事に正社員で雇ってくださいとも言いづらい。
また、仮に雇ってもらえたとしても、年下の上司がいたりする職場で長続きするとも思えない。
それに第一、会社員が向かない性格なのはとうに分かってる。
肉体労働を一生続けられるほど体も強くないし・・・。
一体お前に何ができるというんだ!?

文章を書くのは得意だったな。(←フリーライターじゃ食えないだろ)
勉強はそこそこできる方だったかな。(←塾の先生か。人前で喋ったことなんてないから、やれても家庭教師くらいか。それじゃ食えないな)

ここまで消去法を繰り返して、たどり着いたのが、資格という選択肢だった。
資格の中でも、何年も勉強に費やさなきゃならないような難関資格じゃなく、今から勉強しても何とかなりそうなもの・・・・・・・・・それが社労士だった。
(つづく)

kimmasa1970 at 22:51コメント(0)トラックバック(0) 
ヤフーで自分のブログを検索してみたら、「期間工、社労士」で1位になってました。
期間工から社労士を目指す人間なんて、珍しいってことですよね。
そして、なんとその下にあるページを見てみたら、この間プロゼミでロールプレイングの講師をして頂いた桑原先生のブログではありませんか。リンクしときますんで、よろしくです。

kimmasa1970 at 19:55コメント(0)トラックバック(0) 
社労士開業!みかんの国の社労士開業への道


愛媛の岩本さんです。
平成17年、僕が最初に社労士受験をして惨敗した直後に、たまたま社労士関係のメーリングリストで知り合いました。

見事に合格確実ラインを突破されていたため、勉強方法を教えてもらえるようメールを送ってみたら、とても丁寧にアドバイスをもらえました。

その後、僕は岩本さんのマネをして、IDE社労士塾の通信講座を受講し、さらに合格後は実践社労士塾「名古屋プロゼミ」で開業のための実務を学んでいます。

ブログを書き始めたのも、実は岩本さんのマネです。
成功した人のマネばかりしているんです。僕は。

kimmasa1970 at 15:24コメント(0)トラックバック(0) 

2007年03月26日

36歳、妻と子供が2人(今年3歳と5歳になる)。
私は某トヨタ系の工場で期間工をしている。
年収360万。
年間労働時間2400時間(半分は夜勤)。
長時間労働で、しかも夜勤がからむため、常に体調不良で、自分の時間もとれない。
妻は時給800円のパートで月収5万円。
家の中は常に混沌としており、生活の苦しさと互いのストレスから口論の絶えない日々。
子供のうち一人は多動性障害の疑いがあり、しつけに普通の子の数倍の労力と時間を要する。
貯蓄はやっと300万。
年金未納期間は夫婦それぞれ5年以上。

正直、かなり身動きとれない状態だ。
去年あたりから格差問題がクローズアップされて、期間工から正社員への登用が増えてはいるが、仮に登用されたとしても任される仕事は単純作業のみで、60歳過ぎまで夜勤もやらされる。まさに身を削りながらの人生だ。

そうした未来が透けて見えた2年前、私は決意した。
今からでも自分の人生の方向を変えようと。
社労士資格への挑戦が始まった。ブログパーツ

kimmasa1970 at 13:49コメント(0)トラックバック(0) 
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